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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)746号 判決 1995年10月12日

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、宗教法人オウム真理教(以下「教団」という。)の幹部として活動していたものであるが、同教団幹部のA及び同教団信者B、同C、同Dと共謀の上、同教団が保有する小銃部品を隠匿するため自動車への積み替え作業を行う目的で、平成七年四月六日午前零時ころから同日午前一時ころまでの間、甲野土地株式会社(代表取締役E)が所有し、乙山建物管理株式会社(代表取締役F)が管理する東京都港区《番地略》アパートメント・丙川屋内半地下駐車場にみだりに立ち入り、もつて故なく人の看守する建造物に侵入したものである。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

一  弁護人は、判示アパートメント・丙川八階B室には、前記Aが代表取締役となつている株式会社丁原通商産業(以下「丁原通商」という。)の事務所があり、同建物前敷地には同社のための駐車区画が設けられていたのであるから、<1>右駐車区画と連続する本件屋内駐車場に立ち入ることも許容されていたと解すべきであり、<2>少なくとも被告人は右Aの案内で立ち入つたものであるから建造物侵入の故意を欠き、<3>仮に外形上建造物侵入に当たるとしても、被害法益に対する侵害の程度が軽微であつて可罰的違法性を有しない旨主張する。

二  前掲証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  判示アパートメント・丙川は、約一五社が入居する九階建ての建物で、その前面の区道までの間に幅約一二メートル、奥行き約一二メートルの敷地に区道から建物に向かつて左(西)側に一ないし四、右(東)側に五ないし七までの番号を表示した駐車区画が設けられ、建物一階の向かつて右(東)側約半分に半地下駐車場に下りる短いスロープが設けられ、これに続いて八番の駐車区画、更にその奥にシャッター設備のある半地下駐車場があり、正面(北側)壁に向かつて九番及び一〇番の駐車区画が平行して設けられ、さらに、左(西)側壁に向かつて、一一番駐車区画が設けられている。

同ビルの入居者らに対しては、甲野土地株式会社との間に、駐車自動車を特定し、かつ、駐車区画を限定した駐車場の賃貸借契約が結ばれていたが、前記丁原通商は、有限会社戊田設備工業(代表取締役G)名義で同ビル八階B室を賃借していたもので、その駐車区画は屋外の二番、駐車自動車はセンチュリーとされ、また本件侵入現場である半地下駐車場一一番は同ビル七階A、B、Cの三室の賃借人である有限会社甲田プロが使用しており、甲野土地株式会社のH及び同建物の管理人I並びに前記有限会社甲田プロの取締役Jらの供述によれば、契約者以外が半地下駐車場に駐車することがおよそ認められていなかつたことが明らかである。

2  被告人は、Aから、教団が保有していた銃の部品を隠匿することを依頼され、平成七年四月四日、前記Cの運転するカローラで山梨県上九一色村所在の同教団施設「第六サティアン」から東京に向かい、同日午後一一時すぎころ、前記アパートメント・丙川屋内半地下駐車場の一一番駐車区画に同車を乗り入れ、同所であらかじめA及びBが他の教団幹部から受け取り、同駐車区画付近に運び込んでいたスポーツバッグ三個に入つた小銃部品等を、自車の座席の下などに積み込んだ上、再びCの運転で、翌五日未明、上九一色村所在の同教団施設「第二サティアン」に持ち帰り、次いで、同日午後八時ころ、前日同様の目的で、C運転の前記カローラで上九一色村を出発し、翌六日午前零時ころ、前記アパートメント・丙川に到着し、一一番駐車区画に乗り入れた。一方、Aも前夜同様、都内で受け取つたスポーツバッグ四、五個分の教団保有の小銃部品を同ビルに搬入し、B及びDに命じて前記一一番駐車区画付近に準備した。その上で、被告人は、B及びCとともに、小銃部品をカローラの座席下等に隠匿する作業を行つたが、この間、Aの指示で、前記スロープ付近で見張りに立つていたDは、半地下駐車場に立ち入ろうとした入居会社の従業員を制止するなどし、同日午前一時ころ、右従業員の通報により駆けつけた警察官らによつて被告人、C及びDの三名が建造物侵入の現行犯人として逮捕されたものである。

三  右のとおりの本件駐車場の構造及びその管理の状況に照らせば、丁原通商が使用を認められていたのは屋外の二番駐車区画のみで、一一番駐車区画等の半地下駐車場部分については全く使用する権限を有していなかつたことが明らかであり、かつ、その侵入の目的、態様に照らしても、社会通念上管理権者の承諾があつたとは到底認めがたい。

被告人自身は、丁原通商の使用権限の範囲を明確に認識していたとはいえないとしても、その行為の実態は、小銃部品の隠匿という、より重大な行為に意識を奪われ、使用権限を何ら意に介することなく、最も人目につきにくい一一番駐車区画に自動車を乗り入れさせて判示のとおりの犯行に及んだものであり、侵入の目的、その時刻、侵入の態様等に照らし、建造物侵入の故意に欠ける点があるとは到底認められず、前掲司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書によれば、被告人自身、逮捕前に警察官からの「ここはあなたが立ち入ることを許可された場所ですか。」との質問に、「許可されていないと思います。」と答えた事実も認められ、被告人が犯意を有していたことが明らかである。

右に述べた侵入の目的、侵入の時刻、時間を始めその態様からすれば、本件建造物侵入は、反社会性の強い悪質な犯行であつて、入居者らにも深刻な不安を与えたものと認められ、可罰的違法性を有することはいうまでもない。

よつて、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)による改正前の刑法六〇条、一三〇条前段に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、右改正前の刑法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、教団幹部の被告人が、幹部のAを始め部下の信者三名と共謀の上、深夜、都心のビル内の駐車場に侵入したというものであるが、その目的は、警察の捜査に備え教団の保有する小銃部品を隠匿するためという著しく反社会性の強いものである上、その態様も、他の教団幹部らと連携し、それぞれ部下の信者らに命じて部品を運搬した上、自動車扉内等へ隠匿し、更にその間見張りを立てて入居者らの立ち入りを阻止するなど計画的、組織的な犯行と認められ、同ビルの入居者はもとより、社会にも大きな不安を与えた重大な事案である。

被告人は、捜査段階においては、本件の具体的な事実関係についての一切の供述を拒否しており、その詳細は必ずしも明らかではないが、共犯者らの供述及び被告人の当公判廷での供述によれば、被告人は、Aから銃器部品の運搬を依頼され、かねてから教団内部で銃器の製造が行われていたことを知りながら、これを了解し、上位者の命令を絶対のものと考えている部下のCに運転を命じて、二日間にわたり前記上九一色村への運搬を行おうとしたものであり、また、犯行現場においても積み替え作業を指示するなど、Aとともに本件犯行の中心的役割を果たしたことが認められ、その責任は他の共犯者らに比して格段に重いものがある。

被告人は、当公判廷では、事実について概ね率直に供述し、上申書では、本件犯行によりアパートメント・丙川の入居者らに対し不安感を与えたことを謝罪し、部下のCを犯行に巻き込んだことを後悔するとともに、今後、教団を脱会した上、信者らに対し教団の問題を説明していきたいと述べるなど、ある程度反省の態度も窺われるが、その内容は多分に抽象的、観念的であり、これらを通じても、教団幹部としてそもそもなぜ本件犯行に及んだのかその理由は明らかではなく、自己の行為の社会的責任を十分に認識しているか疑問なしとしない。

前記のとおりの本件事案の重大性及び被告人の果たした役割に照らせば、被告人に対しては実刑をもつて臨むほかなく、これまで特段の前科、前歴もなく、父親が今後の監督を約束していることなど被告人のために酌むべき事情を考慮し、主文のとおり量刑する。

(裁判長裁判官 竹崎博允 裁判官 川本清巌 裁判官 松本圭史)

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